
「一度も登らぬ馬鹿、二度登る馬鹿」という言葉がある。古くから富士山に対して使われている言葉で、私は長らく前者の馬鹿であったけれど、遂にそれを卒業し、そして馬鹿にはならないで済みそうという話。
登山をすると人に言えば二言目には「富士山は?」対して「アッエットフジサンハマダデ…」「ふーん(そんなにガチではないんだな、の目で)」というくだり。登山を始めて8年目になるけれど、何度繰り返したか分からない。別に人に誇るもんでもないとはいえ、山をやらない人間との毎度毎度のこのくだり、いい加減うんざりだ!
ということで私を富士山に連れてってと山仲間たちに事あるごとに言い続け、遂にこの機会が訪れたのでした。
富士山日帰り登山 富士宮ルート
富士山は山梨側の富士吉田ルートや静岡側の御殿場ルート、富士宮ルート、須走ルートなど複数のルートが存在する中で、今回の富士宮ルートは数あるルートの中で最短となるルート。ある程度の体力があればさほど無理なく日帰りが可能。
行程
【往路】
06:00 水ヶ塚駐車場
06:50 富士宮口五合目
07:05 新六合目
08:15 新七合目
09:10 元祖七合目
09:52 八合目
10:59 九合目
11:46 九合五勺目
12:33 富士宮口頂上
13:00 富士山頂上
13:00-15:01 食事&お鉢巡り
【復路】
15:01 富士宮口頂上
17:08 五合目登山口
しかし、最短ルートとはいえ大半の行動が3000m以上の高度になる上に1500mアップで10km歩くため、日帰り登山としてはかなり高強度。そして憎たらしいのが7合目が2つあることと9合目と頂上の間に9.5合目が存在していること。これはつまり、8合目まで来たと思ったらまだ7合目だし、もう終わりだと思ったら9.5合目ということ。

事前準備と費用の話
入山料が設定されたり弾丸登山が禁止されたり年々めんどくさくなっている富士山。2025年最新はどうなっているかというと…
まず入山料4000円が一律で発生し、事前にスマートフォンでFUJINAVIというアプリをダウンロードの上決済を済ませる。さらに事前学習と簡単なテストに合格することでアプリ上で入山証が発行され、現地でQRコードをかざし入山許可を示すリストバンドを腕につけてようやく登山開始。
水ヶ塚駐車場は1日2000円、さらに水ヶ塚駐車場から先はマイカー規制区間となるのでシャトルバス(往復2400円)、もしくはタクシー(片道約5300円)の費用が必要。
バスかタクシーかソロか仲間内で割るかで変わるものの、ソロとするとざっくり1万円。タクシーは4乗が最大なので4人パーティならバスとほぼ同額。ソロだとかなり割高になってしまう。
水ヶ塚駐車場
台風襲来が懸念された8/2、やはりモッてる男師匠の企画だけあって台風は大きく東に逸れ遂に富士山を落とす時がやってきた。

自宅を出て東名をぶっ飛ばすこと1時間、御殿場に降り富士山を正面に見据えて登山口に向かう私。

思えばこの距離で富士山を眺めることはなかったかもしれない。

山梨でも湘南でも当たり前に見続けてきた富士山。登る対象として見ることがあまりなかったけれど、その目で見ると壮大なスケール感といかつい山肌に圧倒される。なんとなく登山=富士山というのはミーハーな感じがして食わず嫌いしていた富士山。しかし山自体は名実ともに日本一の風格がある。ホントにアレ登るんか?って感じ。
富士宮口五合目(スタート地点)
シャトルバスは00分発の1時間間隔でタイミングが合わなかったので結局往復ともタクシーを利用。5人パーティだったので2台に分かれねばならずバスより割高になったけど、ここは時は金なりポイント。




スタートにしてすでに2400m。しかも独立峰だけあって並の山の山頂以上の景色が広がっていた。駿河湾に伊豆半島、箱根小田原方面の街を眼前に据え、すでにかなりの高度感がある。


六合目

体感的には一瞬で六合目。2400m地点までなんの苦労もなく車で連れてこられただけなので、さすがに体が高地順応できていないみたいだ。普段の感覚より明らかに疲れやすい。これはおそらく海抜50mくらいの湘南エリアに移住した影響も大きい。

スタート地点で森林限界を超えていて円錐形の山であるために、割と序盤から山頂は視界に捉えることができる。道は登山道としてはかなり手が加わっていて、道幅も広く岩場も浮き石が少なく非常に歩きやすい。(ただし、登山者が理由で歩くストレスはかなりある。これは後述)


日が昇るにつれて上昇気流が発生して曇っていくのは夏山の宿命。しかし最近の殺人的猛暑の影響か午前9時にはみるみるうちに雲が生まれていく。
新七合目

ニセ七合目。

よくある看板。しかしよく見ると…

と、燈ぃ〜!!!!!バンドリーマーはここで歓喜する。先日のZEPPツアーは大阪まで行ってきましたが最高でしたね本当に…
元祖七合目

遂に標高3000mを超えるのがここ元祖七合目から。今まで槍穂高など3000m近い標高で活動することはあっても、3000mオーバーで長時間行動した経験はないのでここから先は未知の領域である。
一般に高山病は標高2500m程度から発症するとされているので、私は今まで一度も苦しんだことがない=私は高山病とは無縁の人種である。そう信じてやまなかった。この日までは。


宝永山の噴火で作られた火口。
八合目

私の今までの最高到達地点は奥穂高岳の3190mなので、富士山八合目手前からは一歩踏み出すごとに最高到達標高を更新し続ける。それは同時に、完全に未知の領域に足を踏みれたということ。

身体がおかしい。もう数時間行動しているはずなのにまだ高地順応していない感じがする。そして普段なんとも思わない帽子とアイウェアの存在を強く感じる。孫悟空のように側頭部が締め付けられている。

残るは九合目、九合五勺目、そして山頂。いつもなら高揚感が疲労をかき消してくれるはずの頂上直下のはずなのに、厳冬期ラッセルかと思うくらい1歩1歩で息が上がる。休んでもいつまでも呼吸が整わない。そしてどんどん…認めたくないけれど…頭がガンガン痛む。進むごとに悪化する一方だ。
高山病だと…?この私が…?ええいっ!


それでも山ヤの端くれ、周りの登山者よりは速いペースを保てているので引き続き行動可能なコンディションではある。大丈夫、俺がきついときは周りもきついんだ。
九合目

後続と足並みを揃えるついでに眺めに休憩。ここでカロリーを稼ぐ系の行動食は使い果たした。残るはグミに塩タブレットに干し梅。どうして疲労の極期に梅の酸味がこんなにも染み渡るんだろう。
仲間たちと会話をして呼吸のリズムを整えていると頭痛も多少は紛れた気がした。やはり仲間の存在は大切。これソロだったら怪しかった。

見上げればあと僅かで山頂。たったこれだけの距離なのに、ものすごく遠く感じるほどに足が前に進まない。3歩歩くと割れるような頭痛で次の一歩が踏み出せなくなる。3300mを超えてから、自分の身体は未知のコンディションに陥っていた。
九合五勺


あと何回折り返せば山頂か数えられるくらい、本当の頂上直下。高度は3700mに達しようとしつつある。二日酔いの中ランニングしているかのような頭と身体の重さに、ひとつひとつ歩みを進めるたびに地面を踏みしめる振動が頭に響く。苦しい…こんなに苦しいのは今までの山ではなかった。


山頂まであと数十歩のところ、この鳥居の手前で後続の仲間たちを待ちつつ、たまらず座り込んでしまった。高山病は高度を下げないと治らないから、このコンディションと付き合っていくしかない。少しでも緩和してくれと願いつつ、気づいたら10分ほど落ちていた。
頂上浅間大社

苦しい上りを超えて、スタートから約5時間半、富士山山頂に到達。


富士山山頂の火口。日本一の火山の火口。自然への畏怖の念を感じずにはいられない威風堂々たる佇まい。



しかし遠くから見る富士山でも分かる通り、真の最高地点は剣ヶ峰である。最後に70m登って本当の山頂に到達する。

大した斜度でも標高差でもないけれど、3700m地点での行動は私の知っている高山での行動とは一線を画していた。無雪期でこんなにきつい70mは過去に経験がなかった。

剣ヶ峰直下の上り。ここは砂利道のようになっていて滑りやすく、多くの人が左側の柵を伝って登っていた。ある程度登山歴があればど真ん中でも普通に登れるものの、降りてくる人々の多くは下の登山者を気にするほど経験値がない人ばかりなので、巻き込まれる危険あり。

富士山剣ヶ峰

標高3776m。日本で一番高いところ。日本でここ以上に高いところはないし、ここに一番近いところでも600m近く下にある。ここでしか味わえない高揚感が確かにあった。

さすがにここまで来ると登頂の喜びで高山病の苦しさも紛れるというもの。しかもこの良コンディションでここに立てている幸運に感謝。なむなむ。友人に撮ってもらったこの写真は陰影の関係かどことなくクソコラやAI生成感があるけれど…本当に登ったんです信じてください。

日本一の高さから見る夏の空には、夏を象徴するような入道雲。全力で夏!
再びの山頂揚げ物
そして我々の登山のご褒美タイム、師匠メシ。登山開始時点でペットボトルに詰めた油を渡されていたためうっすら予感はしていた再びの山頂揚げ物。かつて磐梯山山頂で砕いた柿ピーを衣にしたチキンフライ以来のAGEMONO!


フライパンに油を引いて…ではなくガッツリ揚げ物。最高峰標識の直下なのでおそらく3770m地点くらい。間違いなく日本一高所での揚げ物です。

そして今回は揚げ物だけでは飽き足らず、事前にカットしてくれていた野菜をフライパンで炒めて揚げた豚肉をイン、師匠特製のタレで絡めた酢豚という豪華さ。師匠イチオシのメニューだという、大戸屋の「鶏と野菜の黒酢あん」の再現レシピだとか。うめー!!!!!
幸い高山病でも頭痛のみで嘔気はなかったのでがっつり食べさせてもらって最後のお鉢巡りへ!
お鉢巡り
数歩歩くと強烈な頭痛がするコンディションのまま、最後の気力でお鉢巡り。


はぁ…はぁ…この程度の上りが普段の直登100mくらいに感じられる。ヤマノススメでひなたとここなさんがかなり苦しみながら歩いていたお鉢巡り。あれは全く大袈裟じゃなかった。むしろ女子高生がようやる。

360度完全に晴れ渡ることはなかったものの、初富士山を祝福されている気分になれるくらいにはちゃんと景色を見ることができた。

山梨南部方面。朝霧高原を代表とするだだっ広い裾野と山の中には本栖湖が見えた。

青木ヶ原樹海

本栖湖を囲む山々の向こうには私の第二の故郷と言うべき甲府盆地。


山の向こうは富士川町や身延方面。フォッサマグナ。

山岳写真はついつい人がいない景色ばかり撮りたくなるけれど、敢えて人を入れることでスケール感を表現。特に稜線の規模感を強調したい時には有効なテクニック。

仲間達の勇姿。高山病体質ながら、標高の高い富士吉田に住みオールタイム高地トレーニングの環境に身を置くことでそれを克服したKW氏。5度目の富士山らしいので大馬鹿です大馬鹿。

我らがリーダーの師匠。細身ながら風格のある佇まい。

富士吉田ルートや須走ルートとの合流点。剣ヶ峰を起点にするとざっくり時計回りに2/3周くらいのポイント。

剣ヶ峰からのお鉢巡りでは最後の登りになるこの区間。普段なら登りとも認識しないこの登りの辛さを私は忘れることがないと思う。
酒飲みにしか伝えられないけど本当に二日酔いの朝、頭を動かす度にガンガン痛むあの感じに似ていて本当にしんどいかった。

鳥居の元へ辛くも戻ってきた。この時はもう、出来るだけ早く少しでも高度を下げたいと言う考えしかなかった。残念ながら高山病は標高を下げるしかないため、もう一歩も動きたくない気分でも歩みを止めるわけにはいかない。

下山は困難を極めた。この写真は新七号目くらいまで降りた時の景色だけれど、これを見るまでの間はとにかく我慢の時間だった。
一番の要因は渋滞。次に雨が降ってきたこと。完全に歩みを止めてすれ違わなければならないほど狭い場所は決して多くないのだが、至る所で渋滞が発生した。シンプルに人数が多いのと、ちょっと登山道の歩き方が悪い人が多すぎるのがその理由。
そして下山中は一時雷鳴が間近に聞こえ、殆どの人がレインウェアを着るくらいの雨が降った。岩が濡れるといつものトレラン的爆速下山ができなくなる。渋滞と雨はどうしようもない悪コンディション。

山頂から七号目まで我慢の下山を経て最後にはまた晴れたのが先の景色。ズームして雲から顔を出す伊豆半島と

箱根の外輪山。標高はそれほど高くないけれどその山容と地形から遠目にも目に留まる。

最後は雲海でフィニッシュ。ご来光を除いて富士山で見たいものは全て見た思い。
富士山登山の感想
山じゃなくて観光地だとか都会より人が多いとか色々言われることもある富士山だけど、やはり日本一の山は特別だった。自分も敬遠していた身ではあるけど心からそう思う。
良かったところ
景色的なところでいくと実は山頂それ自体が一番心打たれた。これだけ巨大な噴火口は日本じゃ他にないだろうし、その迫力ある山肌は相当に見応えがある。あとは山頂から海が見渡せること。海沿いで標高の高い山って実はそれほど多くないからこれだけでも貴重。
経験的にはやはり3776mという標高。国内で3193m以上の高所に立つ方法は富士山に登るしかないし、その高度での長時間行動も富士山でしか味わえない。私は全く予想しなかった高山病を経験することになったわけだけれど、めちゃくちゃしんどかったけれど、これは非常に良い経験になった。人の苦しみがより分かるようになったし、自分の現時点での限界を知ることができた。改めてエヴェレスト登る人ってヤバいよマジで。
ここはちょっと…なところ
富士山は普段登山をしない人が大半を占める山であること。これに全てが詰まっています。
具体的に一番参ったのが先行者を追い抜くでもないのに先行者と並行して歩く登山者と、道の真ん中もしくは道を塞ぐように休憩する登山者。
出来るだけ自分のペースで歩けるよう、先行者より自分の方が速ければ追い越すし、逆に自分の方が遅ければ立ち止まって譲る、もしくは追い越しができるよう少し端に寄るライン取りをする。そんな当たり前がここにはなくて、先行者と同じペースなのに無駄に違うラインで歩く=結果として自転車の並走のように道を塞いでいる人。
後者は言うまでもなく立ち止まるなら出来るだけ道を空けるべきという話。
あとは剣ヶ峰直前の斜面とか、下に人がいるのにお構いなしに上から滑って砂利や石を落とし1人転んだら集団滑落不可避な距離感で下るとか、悪い意味で普段の登山ではあり得ない光景をたくさん見た。
入山料の設定が効いたのか予想より外国人が少なく人口密度も思ったよりマシ(高尾山レベルを想像していた)だったけれど、↑のような理由でなかなかストレスの溜まる登山ではあった。
良コンディションで登れたという幸運も合わせ二度登る馬鹿にもならずに済みそうだなという冒頭に繋がります。
ちょっと最後は愚痴っぽくなってしまったけれど、トータルではとても満足の行く山行になった。日本一の頂を踏んだという達成感、その頂から広がる世界。国内じゃ他にない高所での長時間行動という唯一無二の経験ができて、また山が好きになったと思う。かつての私のような一度も登らぬ馬鹿へ、一度は登ると良いぞ!