山に登る人なら一度は必ず聞かれたことがあるであろうこの問。「そこに山があるから」はよく聞く言葉ですが、個人的には好きな言葉でもありますが、とはいえ山があったって登らない人もいるわけなので答えにはなっていないと思います。
私自身それほど深く考えたことのない問ですが、先日前職場の先輩と飲んだ時に「ねぇ、山の何がそんなに良いの?」と聞かれた時に自然と口から出てきた言葉がありました。答えを準備していたわけでもないんですが、咄嗟に出てきた言葉の割にはあとから振り返っても腑に落ちる答えでした。逆説的ですが「自分は山に登ることをこう捉えていたんだな」という発見になったので文章にしてみました。
なぜ山に登るのか
そんな私の答えは「山頂の景色は山に登らないと得られない”体験”だから」です。ちょっと変な日本語ですがこう言うしかありません。
山の景色は写真や動画でいくらでも見られるけれど
今の時代、ほとんどの山の山頂の景色の写真はインターネットを使えば数秒で見ることができますし、高精細な動画もいくらでも存在します。特にVRでその場にいるような没入感をもって見るそれはリアルで満足度の高い映像でしょう。
しかしそれは山頂の景色がどのような景色かという情報を得ただけです。つまり山頂のどの方角に何が見えるだとかどこまで遠くが見渡せるのかだとか、山頂の広さがどうだとかいう”情報”に過ぎません。
山頂は体験である
私が登山を始めたきっかけとなった南アルプス仙丈ヶ岳。景色の良さに感動したというのはもちろんですが、この時に山頂に立ったという”体験”があまりに大きかったのです。

思わず自分の身を抱く寒さ。稜線を容赦なく吹き付ける風。身を隠す場所もない、まるで生物の滞在を許すまいとする過酷な環境。そんな過酷な環境から見える世界には視界に捉えられないほどに圧倒的に大きく無限に広がる山々。
これは山頂に立たなければ絶対に味わうことができません。山頂とは身体全体で味わうもの。私はそう考えています。
写真も動画もこの体験を超えることがないから
どんなに前情報を仕入れて期待値を上げても、どれほど好条件での写真/動画を見たとしても、この山頂という体験はそれらを必ず超えてきました。しょぼい観光地や旅館・ホテルのように行ってみたら期待外れだった、という経験は一度もありませんでした。

同じ「景色を見る」という行為であっても、そこに体験の要素があるかどうかで少なくとも私にとってはその価値が大きく異なります。苦労して見た方が価値があるという意味ではなく、そこにどれだけ身体で感じるという体験があるかどうか、という意味です。
私の趣味の2本柱の登山と自転車旅。いずれもその場の温度や風、空気感といった環境を肌で感じる”体験”の要素が非常に大きいです。山頂とは景色という情報だけではなくてそこに実際に居なければ分からないものがあるし、同じ旅でも自転車という手段でなければ感じられないものがある。

私がこの2つの趣味にここまで没頭し続けているのはおそらくこれが一番の理由です。そして普通の観光の旅行にもう殆ど興味がなくなったのもこれが一番の理由です。
ああ、だからそこにいかなければ分からない体験を求めて人は異国へ旅に出るのかもしれません。海外に興味のなかった私ですがようやく分かるような気がします。
良いことばかりではないけれど
登山は行けば必ず良い景色が見られるわけではありません。どんなに晴れ予報であっても天候の急変はありますし、どれほど前から計画していても雨が降ることもあります。なので「山頂の情報」を得るためにはコスパの悪い手段です。いくら時間とお金をかけようとも”山頂が何もない”ことだってあります。


こんな思いは何度もしてきました。数カ月ぶりに山に行けるそのピンポイントで予想外の荒天にぶち当たることも少なくありません。しかしそれでも性懲りもなく登り続けるのは、山頂という体験にそれだけ価値を感じているからです。
絶対的に他に代替手段のない体験だから
情報過多な今の時代。実際に手足を動かさなくても現地に脚を運ばなくてもできることが多い時代ですが、この山頂という体験は他のどんな手段でも決して代替することができない。登る理由はこれだけで十分です。
人生で一度は山頂体験を
登山は道具も高価なものが少なからずあって、それらを揃えても山に行く度に交通費や遠征に要する時間というコストがかかります。計画する度に雨が降ったり台風に見舞われたりすると気持ち的にも辛いものがあります。自然相手なので誰のせいにもできない、自分の生まれた星の元を呪うしかありません。そして常に命の危険がすぐそばにあったりします。
けれど、それでもやはり山というものは一度くらい経験してみても良いんじゃないかと思います。あの圧倒的に絶対的に人智の及ばない世界。世界はこんなにも美しい。それを一度くらい見てみたらきっとあなたの人生は何かが変わります。


もしかしたらただ疲れるだけで何も得るものがなかったなんて思うかもしれないし、もしかしたら私のように対して興味もなかったのにこんなブログを運営するくらい狂ってしまうこともあるかもしれません。もう7年前になる仙丈ヶ岳で私の人生は大きく変わりました。あれがなければもうちょっと仕事熱心になっていただろうに。山は世界から偉大なる仕事人を1人奪いました。
今となっては信じられませんが、私はかつて1日でも風呂に入れないなんてあり得ないと思っていたし、みなとみらいのマンションの高層階に住んでBMWとか乗り回すことを人生の夢としていたのに、気づけば皮脂で完全撥水ボディになるまで山に籠もったり田舎でジムニーを乗り回していました。
私の周りにも似たような連中がたくさんいます。都会の地元に帰るつもりが山への近さだけを考えて長野に住んだり、メインが山になって逆に都会アレルギーになっていたり。それだけ人の人生を狂わせる山頂という体験。どうでしょう、ちょっと興味出てきませんか…。
なぜ山に登るのか。というテーマで書いてみましたがなんとなく伝わったでしょうか?興味を持った人がいればぜひ山に足を踏み入れてみてください。